酒井先生(以下酒井) 会社のストレスで調子が悪くなっているという人は、やはり現在とても増えています。
今から20〜30年前というのは、8割以上の人が会社生活に満足していたのですが、現在は、9割5分近くの人が、会社を辞めたいと思っているというデータもあるのだとか。それくらい大きな違いがあります。残念なことですが、多大なストレスを受け、会社が苦痛で仕方がないという人は、昔に比べて圧倒的に増えているのです。
もちろん、原因は1つではなく、さまざまな要素が複合的に関連していますが、例えば、分かりやすい例を挙げてみましょう。
ある外資系の企業では、15分単位で、何をしたかを全部記入していかなくてはならない、というケースがあります。それを上司がチェックし、甘いところがあると、この時間帯は何をやっていたのですかと聞かれてしまう。これが延々に続くのです。そこで働く人間には、当然のように耐えがたいストレスがかかります。外資系では、もともと労働という価値を、ある一定時間の中でどれだけ達成できたか、という徹底した生産効率の観点から評価されますが、今では、こうした傾向は外資系に留まらず、日本企業においても広く浸透しつつあります。
このような職場環境では、非常にストレスの負荷がかかりやすく、そこで働く人々が調子を崩しても、まったく不思議ではありません。現に多くの人々が不調に陥り、会社を辞めていくケースが圧倒的に多いのです。
要するに、会社にいる意義と意味が感じられなくなっている状態です。達成感を得られにくく、効率化という歯車のパーツになったような感覚しか持てないのかもしれません。
酒井 その答えはもう決まっています。それは、できるだけ手を抜くことです。なぜなら、人間の脳が連続して集中できる時間というのは、1時間や1時間半だと言われています。ところが、先ほどのケースのような場合では、数10分単位で管理され、マシンのように8時間のすべての時間において、高い集中度が要求されるのです。これはもう、破綻して当然です。それくらい無理だと分かることなのです。にもかかわらず、もしそれが要求されているのだとしたら、できることはただひとつ。如何に手を抜くかということを考えるべきなのです。
しかし、ここには、もうひとつ問題があります。
それは、そのような危機的な状況に陥っているということ自体を、自ら認識することが難しいということです。なぜなら、学生時代からほぼすべての入退室管理がICカードなどでなされてきている昨今の世代は、不自由の方が当たり前。数10分毎の管理なども、あまり疑問に思わない。もう、仕方ないと思ってしまうのです。つまり、気づけない環境で育って来ているのです。だから、気づかないのが普通なのです。その結果、体調が悪くなって、はじめて自分が危機的状況に陥っていることに気付くというケースが非常に多いのです。
肩こりが多い、ちょっと眠りづらい、食欲が多くなりすぎる等、そういった体の症状として表れてきます。それを心のストレスサインだと思えば、心のSOSは、実はとても分かりやすいものなのです。
体の症状として表れてきて、ストレスで自分はちょっとおかしいかもしれないと気付けたとしたら、何よりもまず、働き過ぎをやめることです。
人間の中には、他人に認められたいという気持ちが強くあります。ですから大変であったとしても、多くの場合、無意識的に働き過ぎてしまうのです。
酒井 もし、日頃から体の症状が出ているなと思ったら、例えば、足のツボを勉強して、毎日自分でやる、パートナーがいるなら互いにやってみるのも効果的です。それから、毎週1回は岩盤浴やラドン温泉などで、汗をかいてデトックスするのも効果があります。
そして、何よりも、ストレスに対処していく上での最大のポイントは、「熱中できるもの」を見つけることです。つまり、主従関係の中で、「熱中できるもの」が主となり、「会社のこと」は従になるくらいのものを見つけるのです。このように、仕事最優先の日常と逆転するような状況を、意識的に自分でつくり出すことはとても大切です。
例えば、登山などは非常によい例です。年に2~3回大きな登山をする人にとっては、技術や装備、体調を整えるなど、そのための準備を継続的に行わなくてはなりません。そのため、年間を通じて熱中できます。
日々の中で、自分が「熱中できるもの」を見つけて、意識的にそれを続けていくというのは、とても大事なポイントになります。 それから、囲碁、将棋、麻雀などに熱中するのも、ウツになりにくいですね。
囲碁、将棋、麻雀などの場合、勝ち負けなのですが、熱中することだけでなく、勝つか負けるかという緊張感(スリル)も大切。そして、何より相手がいるということが、すごく重要です。
囲碁も将棋も麻雀も、現在ではすべてがネットでできてしまうのですが、それではダメなのです。ましてや、オンラインゲームなどにハマるのは絶対にNGです。ゲームがやめられないという人も、当クリニックにずいぶん来ていますが、ひどい場合は入院が必要なくらい深刻な問題になっています。
勝負に関して言うと、相手がいて、直接1対1で向き合う類のものは、とても効果的です。また、音楽の場合はバンド活動、合奏など、複数で熱中できるものの方がより効果を発揮します。
酒井 できることは大いにあります。足裏ツボのマッサージは難しいかもしれませんが、手のツボであれば可能です。手のツボを覚えて、そこを押す練習をするのです。何も考えなくても日常的に手のツボ押しができるくらいクセにしてしまうのです。そうすると、そのこと自体が、とても治療的に良いことですし、何よりストレスの多い勤務時間中であっても、リラックスできるようになります。
手も足も結構な末梢なのですが、こういった部分を刺激するのは、脳に対して、非常にリラックス効果があるのです。痛いところがツボだといいますが、この痛みを与えると、実は人間はリラックスするのです。
日本人観光客がよく台湾に行って、足ツボのマッサージを受けますよね。最初はみんな悲鳴をあげますが、最後には、みんな眠っています。正しいツボの刺激というのは、痛いけれども、その後に良いことが多いのです。
手のツボといってもいろいろありますが、オススメは台湾系で、英語で言うとゾーン・セラピーと言われるものですね。ある区画が何に対応しているかということになっている、その手のバージョンです。リラックス効果のあるツボがありますので、ぜひ調べてみてやってみてください。最初は、難しいかもしれませんが、やり続けていると、コツも分かってくるので、かなり有効なストレス対策になりますよ。
酒井 会社によっては、カウンセラー契約しているところもあり、調子の悪い社員はカウンセリングを数回無料で受けられるという制度を採用しているようです。ところが、カウンセラーであれば、何でもいいという訳ではないのです。実は、カウンセリングで悪くなってしまうケースが非常に多いのです。
それはなぜか。誤解を恐れずに言うと、残念ながら日本ではまだまだ、よいカウンセラーが少ないのです。例えば、本来、症状に関係のない生育歴などを掘り下げられて、逆に調子が悪くなるということはよくあることなのです。
相談者の中には、溜まっているものを全部発散させたいから、言いたいことを言いたいという人が結構多いのです。カウンセラーは単にそれを聞くだけであればよいのですが、聞いた後に、いろいろなアドバイスをしてしまう。それが逆効果になってしまうのです。聞くだけにとどめる方がまだ安心なのです。
ですから、会社のメンタルヘルス対策のシステムに従っていくと、かえって悪くなってしまうというケースは、意外と頻繁に起こり得ることなのです。
こうした側面はカウンセリングだけでなく、実は精神科医にも同じことが言えます。。
プライベート同様、カウンセラーも医師も相性が大切です。合わないな、と思ったらすぐセカンドオピニオンを受けてみられて下さい。
酒井 本来、休日の場合は勤務時間外ですから、会社から個人携帯に、基本的に連絡が来ない状態でなくてはいけません。
基本として連絡してはいけないというのが当たり前のはずが、現在では、会社だけでなく、顧客からも連絡が来るというケースが多いのです。これはもう破滅的状況と言えます。せめて、会社からの連絡だけに留めたいところです。なぜなら、そのような環境では心身を休めることはできないからです。勤務時間外というのは、仕事から完全に自由になるようにしなければなりません。
つまり、オンオフがあるということが、心にはとても必要なことなのです。
今、ITが進化して、いつでも、どこでも、誰とでも繋がれるといったことがビジネスの世界で矢継ぎ早に進められていますが、心身の休息という観点からは、大きな危険をはらんでいるということが言えます。
もちろん、勤務時間中であれば良いのですが、土日、深夜となると、これはNGです。使い方によっては、心身の休息時間が奪われ、本当に悪循環を生み出す可能性があります。連絡する側もオフタイムの際には、緊急の時以外できるだけ連絡をとらない、という配慮を持っていただきたいものです。
もし、現在の職場が、既にそういった環境であったとしても、精神的に厳しい、体調が厳しい状況になったとしたら、お客さんに一声かけて「お休みの間は電源を切らせていただきます」ということを先に伝え、休日は完全に電源を切ってしまうということも、対策としては大いにアリなのです。シリアスな状況になる前に、そういった状況は変えなくてはいけません。
酒井 自分自身がリフレッシュできる「遊びのための時間」を十分に取るように心がけてください。それから、会社は少しずつ、さまざまなことを押し付けてきますので、それをノーと言える勇気を持っていただきたい。実際、ビジネスパーソンの場合、当たり前のように深夜まで残業したり、休日を返上して仕事をしているというケースは多いのです。しかし、そういうことには極力ノーと言わなくてはいけません。会社にとって都合がいい存在になってしまうと、自分が侵食され、自由を奪われてしまいます。
昔は、会社のために自分を犠牲に──という時代もありましたが、今はいろいろな意味で、それが成り立たなくなっています。 「会社のために自分を犠牲にする」のではなく、「自分のために、あるいは、自分の家族のために会社を犠牲にする」。 それくらいの考えで臨まなければ、厳しいところでは、自分や家族を守れない。そんな時代になってしまっているのです。 今回オススメしている、オンとオフでできるストレス解消法を、あなたのライフスタイルに取り入れ、ぜひ日々の中で上手にストレスコントロールをしていただきたいと思います。
1951年東京生まれ。東京大学文学部卒業、筑波大学医学研究科博士課程修了。
精神科医、医学博士、日本医師会認定産業医、臨床心理士。
現在、ストレスケア日比谷クリニック院長。おもに心身症、摂食障害、気分障害(うつ病)、強迫性障害などの治療に従事。