酒井先生(以下酒井) 引きこもりについての相談は一週間に何人かありますね。クリニックを訪れる患者さんの今までの統計から見ると、引きこもりは不思議なことに都市圏よりも自然が多い郊外や地方の方が多いようです。
ただ、引きこもりというのは、日本特有のものですね。日本の社会風土自体が「ニート」などという言葉を作って、一つのライフスタイルであるかのような錯覚を与えています。赤信号、みんなで渡れば怖くないという調子で、そういう人たちが社会全体をみても増えているので、自分がニートでもあまり抵抗がないわけですね。
欧米人にとっては家の中にいるというのは最大のストレスなんですよね。自宅謹慎なんかは厳しい懲罰になっているくらいですから。しかし、日本だと両親や家族が本人を守って家に居やすい環境を与えてしまっているわけです。
酒井 経験から言って引きこもりの子供がいる家庭は、お父さんとお母さん、大抵、どちらかが諦めてしまっていますね。特に父親が全く子供に対して働きかけをしないというパターンが多いようです。子供のことについて夫婦間で全く会話がないという家庭も結構見られます。
親子という家族構造はかなり複雑な構造なわけで、しかも兄弟がいたとしたら、含めて三角関係どころか、四角関係にまで発展してしまいますから、こういう場合は、子供に問題があるという以前にすでにご両親の間に問題があるわけです。この部分は社会的には表面化してきませんが、子供の代になって現れてしまうようです。
夫婦間のコミュニケーション不足は家庭環境を悪化させているもっとも大きな要因と言えます。そういう意味で、子供の中に引きこもりが出た場合、夫婦の協力はもちろん家族ぐるみの協力というのが不可欠です。
酒井 例えば、学校に行かない子供に学校に行きなさいとはうるさく言わないのに、体が心配でご飯だけはきちんと食べなさいと叱っていたとしたらその逆をやればいいわけです。
叱っていたところは放っておいて、放って置いたところは叱る。そうすると、お母さんの気持ちから言えば、逆のことをいうわけですから、ウソをつくことになるわけですね。自分が自分ベッタリで励ましたり、注意したりしているのを少し違う角度でやると、子供の反応が変わりますから、客観化できるようになって、どこを押したり引いたりすれば動くのか、少し分かるようになってくるんです。
もちろん、これだけで解決に向かうというのはそんなに多くはないのですが、試行錯誤しながら周囲が努力するというのが大事なことです。本人もそれをよく見ていますから、つねに子供のことを考えているという姿勢は保っておくべきだと思います。それがないと意思の疎通は難しくなっていくことになります。
1951年東京生まれ。東京大学文学部卒業、筑波大学医学研究科博士課程修了。
精神科医、医学博士、日本医師会認定産業医、臨床心理士。
現在、ストレスケア日比谷クリニック院長。おもに心身症、摂食障害、気分障害(うつ病)、強迫性障害などの治療に従事。