酒井和夫先生のメンタルケアコラム
第十回

育児ストレスの対処法

現在増えている育児ノイローゼについてその背景などお聞かせください

酒井先生(以下酒井) 育児ノイローゼは昔よりすごく増えていて、全体の1/2~1/3くらいいるかもわからないですね。両親と一緒に住んでいない核家族化が進んでいます。両親と住んでいないとどうなるかというと、家の両隣りに預けるのを頼めないとお母さんは子供が3歳くらいになるまで危ないので3年間24時間かかりきりになってしまいます。

働いている人は職場のストレスがあったり、上司に子供の具合が悪い理由を言って休まないといけなくなったりで、会社に拘束されその後子供に拘束されてで楽な時がないですね。

連続して二人目の子供を考えると2年プラス3年で5年間拘束される、ひいてはそれが少子化になるわけです。
昔は近所の人に1歳の子供でも3時間4時間、預けることができましたよね。周りの大人がみんなで育てるのが当たり前でしたから。

昔は兄弟がいて、その後お兄ちゃん達が面倒を見てくれるような状況でしたが。

酒井 ここで重要なのが、5~6人子供がいると長男の性格や末っ子の性格など違うということがわかって、自分の鋳型にはめようとしなくなるけれども、1人だけだったりすると神経質な人は他人の子供と見比べてここが悪い、よくないと強迫観念のようなものをもってしまったり、悪いところがあると自分が悪い影響を与えてしまったと思ったり、自分の育て方にすべての責任があると思い込んでしまう。

本当はのびのび育てるにはなるべく放っておくことがいいのですが、ますます放っておけなくなってしまうんですね。

欠点がよけい大きくクローズアップされてしまいますね。

酒井 兄弟がいれば良いところと悪いところを個性の差と思い、無理に教育しなくていいと思えるようになります。母親の性格が真面目すぎると全部自分の責任じゃないかと思ってしまい、常に子供と一体化してしまって遊びやゆとりがなくなってしまいます。

父親の理解や協力はどのように関係しますか?

酒井 はい、あると思います。子供に伝わるということが困ったところで、母親が元気で活発でいる雰囲気というのは子供なら誰でもわかるわけですから、親が元気であるということはとても重要です。

母親が不安定だと子供も精神的に不安定という悪循環になって、どんどん追いつめられてしまうので、どこで回避できるかというとすごく難しいところです。

母親の不安や疲労が子供にも精神的に影響するということはありますか?

酒井 日曜日は家族サービスで積極的に育児をやれればいいのですが、普通の会社員の人は仕事で疲れてしまって、日曜日は休みたいのでそれがネックになります。

ただ、奥さんが24時間拘束されていて、厳しい状況になっているということを理解して、出来るだけ工夫をしてあげることが大切です。また、可能ならば双方のおじいちゃんやおばあちゃんを呼んで手伝ってもらったりすることが重要です。

対処法としてはどのようなものがあるのでしょうか?

酒井 同じ年齢の子供がいるお母さんは「うちの子供は…でね」など成長の過程や困っていることなどを言いあえるのですが、実際またその交友関係で悩んでしまうお母さんもいるので簡単にはいかないようですね。

幼稚園に入るとお母さんたちが子供の優位性を競い合うことがあって、ねたみを持ちやすい。何故かというと、子供が一人や二人だからです。自分も相手も子供が5~6人いれば比較することが難しく、気にならないようになると思います。
兄弟がたくさんいるといいですね。もう一つはその時の食生活がすごく重要なんです。

母親の食生活が重要と言われますが?

酒井 炭水化物や甘いものを避ける事が大切ですね。母親が妊娠しているときから重要です。血糖値が大きく変動するような食生活は胎児にとって悪い影響を与え、この変動が急な山のようなものであると脳が混乱してしまいます。胎児にも同じ血糖値の変動が行くので、脳が発達している状態のときに悪影響を与え始めてしまいます。妊娠中の食生活は食欲がないからといって嗜好品に偏るのではなく、粗食でもきちんと食事を摂ることが大切ですね。

また、育児の忙しさでジャンクフード(お菓子、ファーストフードなど栄養価に乏しい食べ物)でその場しのぎの食事をするのは、お母さん自身や子供の将来のためにも避けるべきだと思います。

近頃は働く若いお母さんたちが多くなりましたが?

酒井 現代は子供が小さいときから母親も働く共働きが増え、食事時間の不規則さが目立ちますね。子供たちは糖分の多い飲み物やお菓子などで空腹感を補ったりと、食事のリズムが崩れて、食卓を囲む昔ながらの家庭の食事というのがおろそかになってきている傾向が見受けられます。血糖値的にも精神的にも不安定になる要素がそろっていることは否めないと思います。

毎日の食生活が、妊娠中の精神状態、子育て中のお母さんの精神状態、そして子供の精神状態にも大きな影響を及ぼしていることを再認識していただきたいと思います。

若いお母さんたちに人気の育児書はどうでしょう?

酒井 育児書の育児法も重要だと思いますが、妄信し過ぎないことも大切です。1970年代から時代時代に一世を風靡した育児法がありました。現代ではインターネットの普及で様々な育児法がでてきました。印象に残っている育児法が2つあって、一つは0~1歳の間にいい音楽だけを聞かせる方法で、それが後の色々な感性や音楽的な土台につながるようです。簡単なのはクラシックに限らず、いい歌を聞かせること。演歌でもいいと思いますよ(笑)

もう一つの育児法はフォールディング法といって聴くことではなく、接触、抱きしめることをうまく使うことで子供は無事に育つというものがあります。ただ、近頃では育児書を熱心に読んでそのとおりに実行する若いお母さんが増えてきていますが、育児書に一定の距離を置いた方がいいと思います。ある部分の育児を強調すると逆にどこか抜け落ちている部分があったりするので、いいところをとって悪いかもしれないところは出来るだけ避けることが大切ではないでしょうか。本当は新米の母親の場合は、育児経験のある周囲の人が教えてあげればいいと思うのですが……。

このように育児ノイローゼが問題にされているのは日本だけなのでしょうか?

酒井 他の国では社会問題にはなっていないようです。ヨーロッパやアメリカでは宗教が強いから、教会関係の仕事やボランティアの文化があります。日本には町内文化がありましたがほぼ全滅しているのでつらいところですね。

クリニックで育児ノイローゼの受診例はありますか?

酒井 クリニックには20人くらい見えていると思います。子供に当たったりしながら、だんだん調子が悪くなると次に子供の世話ができなくなるんですね。朝起きられなくて子供を送り出せず子供は遅刻するという状況になってしまって、生活の中でくっきりとした輪郭を持てなくなってしまう。お母さんはそれが悪いと思っているけど、直せない。将来は虐待までいくかもしれない予備軍の人はいますね。予備軍になったら治療をしたほうがいいでしょう。

薬での治療の有効性はありますか?

酒井 難しいですね。特に子供が小さなお母さんには使いにくいです。例えば、睡眠薬を使いたいけれども、授乳などで起きないといけない場合や、授乳していない場合でも薬に敏感な人は副作用が出たりします。イライラしている人に抗うつ薬を使ったりするとイライラの原因が取り除かれないまま飲むので余計爆発したり…。イライラするタイプの人、子供に手をあげる人、心にもないことを言う人は食べ物に向かうことも多く、それも禁止しなくてはいけない。頻繁な間食はとても悪いものです。その点、三時のおやつは理にかなっているかもしれません。

有効な薬やすぐ効く薬は依存性があったり、すぐ効かない薬や依存性のないものは副作用があったり。1~2種類のジャンルは使えるものもありますが、使いこなす、つまり自分に適切な使い方を理解することが必要ですから、それができないと大変です。使いにくいですね。ですから育児ストレスの発散、解消にサプリメントを上手に利用するということは、とてもいい選択だと思います。

望んだ赤ちゃんの誕生なのに、思い描いていた通りにならない育児にストレスを募らせ、かえって子育てに自信をなくしてしまう新米ママが増えています。核家族が増えた現代の子育て環境では、孤独感や不満感が募り、その結果、子供を愛する心を見失いがちになりかねません。勇気をだして家族の理解や協力を求め、お母さん自身もどこかで息抜きをしたり子育て感を見直すなどの解消法を見つけましょう。お母さんが明るくおおらかに過ごせてこそ子供の心は安定し、のびやかに育っていくのではないでしょうか。

PROFILE

精神科医 酒井先生のプロフィール

1951年東京生まれ。東京大学文学部卒業、筑波大学医学研究科博士課程修了。
精神科医、医学博士、日本医師会認定産業医、臨床心理士。

現在、ストレスケア日比谷クリニック院長。おもに心身症、摂食障害、気分障害(うつ病)、強迫性障害などの治療に従事。

目次(全20回)
第20回 「悩みを抱えた子ども達の食生活は見直す必要があります」
第19回 「ビジネスパーソンのための自分で実践できるメンタルヘルス対策」
第18回 「心と心が通い合う。その第一歩は円満な家庭から始まります」
第17回 「急増する『介護うつ』について」
第16回 「睡眠の質と眠りのコツ」
第15回 「子育てのストレス」
第14回 「老人性うつの要因と対処法」
第13回 「うつ状態を防ぐために」
第12回 「更年期を乗り切る」
第11回 「引きこもりについて」
第10回 「育児ストレスの対処法」
第09回 「サンタクロースって本当にいるの?あなたならどう答えますか?」
第08回 「子どもの心とシンクロできる親のインスピレーションを磨く。」
第07回 「子どもたちの健全なこころの育成は大人たちの健全な精神生活にある。」
第06回 「親の考え方が柔軟になれば子どもも自ずと夢を描ける。」
第05回 「子供が抱える悩みは親の抱える悩みと共通しています。」
第04回 「未来から現在を見る。その視点が明るい未来を切り開きます。」
第03回 「親の健康が子供の心を育む。食生活はなによりも大切です。」
第02回 「心と心が通い合う。その第一歩は円満な家庭から始まります。」
第01回 「子供との心の関係性は、大人たちの意識の変化が不可欠です。」