酒井和夫先生のメンタルケアコラム
第十八回

心の病を患う人との接し方について

家族や友人が「心の病」に陥ってしまった時、どのように接すればよいのでしょうか?

酒井先生(以下酒井) 周りは、まず何よりも「一喜一憂することなく見守る」という姿勢が大切です。一喜一憂することは、患者さんのその時々の状態に、周りが振り回されることになり、それ自体がストレスになります。また、振り回される周りのそばにいる患者さん(心の病の当人)にとっても、大きな精神的負担となります。ですから、多少良くなったからといって喜ばない。逆に、多少悪化しているなと思っても、決して悲観しないことです。

なぜなら、心の病の回復過程というのは一直線に回復に向かうのではなく、良くなったり、悪くなったりを、振り子のように繰り返していきます。「良くなっていく」というプロセスは、すなわち「変化」です。「変化する」過程というのは「不安定になる」わけです。つまり、良くなっていく過程では、その「不安定になる」状態が症状として表れるため、必ずしも良い状態だけではなく、悪くなるような状態も必然的に起こってくるのです。

これはうつであっても、パニックであっても、すべての精神疾患に関して、同じことがいえます。ですから、基本的には、心の病の種類によって周りの接し方を変える必要はなく、まずは「一喜一憂することなく見守る」というスタンスで接するように、心がけていただきたいです。

逆に、やってはいけないことはあるのでしょうか?

酒井 たとえば、「うつは励ましてはいけない」といわれますが、「励ます」ことは、こうした場合には本当に難しいことなのです。簡単に言うと、頑張って!というのが励ましですが、実はそれは「頑張りなさい」という「命令」に近いのです。

結局、励ましてはいけないという本当の理由は、励ましていることが実は命令になってしまっているからなのです。発言する側が、そういうニュアンスを込める込めないにかかわらず、相手は無意識レベルで命令と感じてしまうのです。命令と感じると、患者さんはプレッシャーというストレスを感じてしまいます。ですから、そういうタイプのものはすべてがNGなのですね。

逆を言えば、命令にならない励まし方ができるのであれば、うつの人を励ますこともOKなのですが、それを行うのは本当に難しいことです。

言葉には薬と同じように、効き目があります。効き目があるというと語弊がありますが、患者さんにとって必要な言葉というものが確実にあります。そして、「その患者さんにとって必要な言葉は何だろうか」と言葉を探すことは、精神科医にとっての重要な仕事です。その人にとって必要な言葉が分かることは、その人にとって必要な薬が分かるのと同じくらい大切なことなのです。けれども、それを周りの人ができるかというと、現実的には難しいわけです。

特に、家族の中に患者さんがいる場合、客観的に観ることは、家族という近しい間柄ではとても難しくなります。「こうあってほしい」あるいは「こうじゃないか」といった自分の希望や正しさが強く出てしまったり、逆に「私が悪かったのではないか」と家族の方が自分を責め、罪悪感を持ってしまうケースなども非常に多いのです。

けれども、人間というのは、基本的にもっと強いものなのです。過度に心配する必要はないのです。むしろ、周りが変に気を使いすぎると、逆に患者さんにとっての負担が大きくなります。

接し方としては、「いつもよりも淡々と接する」ように心がけてください。特に「いつもより」というのがポイントです。なぜなら、ほとんどの場合、周りの私たち自身が淡々と接することができていないのです。ヒステリーになっていることに自分でも気づいていない。そういうことが、実は私たち周りの側にも、日常的に起きていることが非常に多いのです。

共倒れしないためにはどうバランスをとって関わればよいのでしょうか?

酒井 周りが共倒れしないということは非常に重要なことです。よく昔から「親が子供の犠牲になるのは当然で、仕方ないこと」といわれています。子供の調子が悪いときに、親がいろいろなことを考え、サポートする。その逆もあり、親や兄弟姉妹の調子が悪いときに、周りがそれをサポートする。ある意味それは当然のことです。けれども、家族の誰かの調子が悪いときに、そのケアの方に行き過ぎてしまうと、サポートする側の精神面や生活面にも多大な負担がかかり、行き過ぎた場合には最終的に共倒れしかねません。実際、家族一家で心中というような残念なケースが起きてしまうこともあります。それは何よりも悲しいことです。

家族の誰かが苦しんでいる場合であっても、その家族を構成している人々の幸せを維持していくこともやはり重要なことなのです。ですから、一所懸命ケアするあまり、自分たちの幸せが損なわれてしまうということは、避けなければなりません。

「一生懸命になりすぎない」「まずは自分が健康であらねばケアはできない」このことを常に念頭において関わっていただきたいですね。

周りの人がやるべきことなどはありますか?

酒井 家族や周りは見守るだけで何もできないのかというと、そんなことはありません。毎日の生活の中には、家族にしかできないことがあります。

食生活がまさにそのひとつ。これについては、改めて詳しくお話する機会を設けたいと思いますが、食事の改善は、心の病にとって非常に重要な要素です。患者さんの個人的趣向が顕著に出ることが多い部分であるが故に、家族がもっともサポートできる部分ではないでしょうか。朝・昼・晩の食べ物を健康的なものに変えていくことができれば、心と身体に何らかのプラスの変化が期待できるようになります。

食べ物について言えることは、糖分の摂り過ぎが大きな問題です。糖分を取り過ぎるとキレたり、情緒不安定になったりと、精神バランスが崩れやすくなります。昔は白砂糖といえば超高級品で、身近なものではありませんでしたが、現代は違います。誰もが白砂糖が入ったものを簡単に口にできる時代です。砂糖の摂取量が多い食生活を続けていると、ものごとに対処する力が減ってしまいます。耐性がなくなり、キレやすい野蛮な性格になってしまう。こらえ性がなくなり、集中力がなく、持続することができなくなる。健全な人間に必要とされる対応力が失われてしまうのです。

一方で、うつ症状を持つ患者さんの気力がアップする食べ物というのもあります。例えば、体によいといわれる生牡蠣や乾燥牡蠣には、強壮効果があります。実はほとんどの場合、こうした強壮効果がある食べ物には、抗鬱効果があるので積極的に摂ると良いでしょう。

一緒に心の病と向かい合い、取り組んでいくためのアドバイスをお願いします。

酒井 私の仕事柄、心の病を患う患者さんの周りの方から、どういうアドバイスしたらよいですかと、よく聞かれるのですが、「それは難しいことだから、絶対にやめて」といつもお答えしています。なぜなら、私は1万人以上のうつ病を治療した経験がありますが、それでも分からないことが多いのです。治療経験のない方の場合、反対のことを言って悪化させてしまう可能性がとても高いのです。

もちろん、聞いてあげることも同じです。聞く時も、結局そのやりとりの中で答えなければならないことが出てきます。そのとき、どう答えるかが問われてしまうのです。ですから無理せず、距離をとった方が、結果的に安全な関わり方に繋がっていくのです。

──「何かをしてあげたい」という思いとは裏腹に、何もしないで見守る方が、結果として逆に良い方向に繋がる──。周りにとっては複雑な心境かもしれませんが、相手を思えばこそのこと。ぜひ心にとめておいていただきたいと思います。

PROFILE

精神科医 酒井先生のプロフィール

1951年東京生まれ。東京大学文学部卒業、筑波大学医学研究科博士課程修了。
精神科医、医学博士、日本医師会認定産業医、臨床心理士。

現在、ストレスケア日比谷クリニック院長。おもに心身症、摂食障害、気分障害(うつ病)、強迫性障害などの治療に従事。

目次(全20回)
第20回 「悩みを抱えた子ども達の食生活は見直す必要があります」
第19回 「ビジネスパーソンのための自分で実践できるメンタルヘルス対策」
第18回 「心と心が通い合う。その第一歩は円満な家庭から始まります」
第17回 「急増する『介護うつ』について」
第16回 「睡眠の質と眠りのコツ」
第15回 「子育てのストレス」
第14回 「老人性うつの要因と対処法」
第13回 「うつ状態を防ぐために」
第12回 「更年期を乗り切る」
第11回 「引きこもりについて」
第10回 「育児ストレスの対処法」
第09回 「サンタクロースって本当にいるの?あなたならどう答えますか?」
第08回 「子どもの心とシンクロできる親のインスピレーションを磨く。」
第07回 「子どもたちの健全なこころの育成は大人たちの健全な精神生活にある。」
第06回 「親の考え方が柔軟になれば子どもも自ずと夢を描ける。」
第05回 「子供が抱える悩みは親の抱える悩みと共通しています。」
第04回 「未来から現在を見る。その視点が明るい未来を切り開きます。」
第03回 「親の健康が子供の心を育む。食生活はなによりも大切です。」
第02回 「心と心が通い合う。その第一歩は円満な家庭から始まります。」
第01回 「子供との心の関係性は、大人たちの意識の変化が不可欠です。」